あずきごはんの日記

ドラマや映画の感想、推しへの愛を叫ぶブログです。

【仮面ライダー鎧武】呉島光実という少年

高杉真宙の役が性癖にブッ刺さる。それは今に始まった話ではなかった。『セトウツミ 』『モンテ・クリスト伯』『サギデカ』『見えない目撃者』…ありとあらゆる作品で情緒を狂わせてきた高杉真宙。それは絶賛放送中のドラマ『わたしのお嫁くん』も例外ではなかった。

 

私は高杉真宙の顔が好きだ。声も好きだし、演技も好き。特に『サギデカ』と『セトウツミ 』では演技のやばさと役のとんでもなさに圧倒されて、しばらく高杉真宙のことしか考えられなくなった。そんな高杉真宙がプライム帯ドラマで男性キャスト一番手。「お嫁くん」として君臨している。可愛さの暴力。思考回路はショート寸前。テンションの上昇は止まるところを知らない。

そして、私はTwitterという名の森に、軽い気持ちで妄言をぶん投げた。今思うと、この時、既に運命を選んでしまっていたのだ。

 

鳴り止まない通知、大量の引用RTとリプ、いつのまにか1500人ほど増えていたフォロワー。「やべぇところに手突っ込んだな」と悟った。布教チャンスを嗅ぎつけたオタクほど怖いものはない。囲まれた私は引くに引けなくなり、東映特撮の公式YouTubeチャンネルへと向かった。

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それが『仮面ライダー鎧武』および呉島光実との出会いだった。

 

【呉島光実との出会い】

ミッチこと呉島光実の第一印象は「かわいい」「クソデカ感情を隠せ」「闇堕ちしそう」の3つだ。

序盤の光実はとにかくかわいい。学校では無愛想で嫌味な優等生なのに、チーム鎧武の中では可愛げMAXのインテリ弟キャラ。特に今作の主人公・葛葉紘汰との初期の会話シーンでは、ディズニープリンセス顔負けのキラキラ笑顔を浮かべていた。「光実は最終的に誰かしらと2人きりの世界を目指すようになる」という情報は事前に得ていたので、その相手は確実に紘汰だと確信した。違ったけど。

一方で彼のチームや紘汰、ヒロインの舞に向けたクソデカ感情は、とても危ういものにも見えた。

「(チームは)僕にとっての全てです」

「大切な人が傷つくよりも、自分が傷ついた方がいい、そうだよね。紘汰さん。」

「それなら舞さんが振り向いてくれるんでしょ?だったら構わない。僕はどんなことだって…」

このようなクソデカな台詞群が最序盤にきてる時点で、もう嫌な予感しかしない。闇堕ちの兆候がありすぎる。この予感は的中し、光実は険しい道を歩んでいくことになった。仲間を欺き、様々な陣営を渡り歩いて他人を利用し、大きな罪も背負った。かわいい弟キャラだったはずの彼が何故そんなことになってしまったのか。呉島光実の物語を読み解いていきたい。

 

【呉島光実という少年】

・光実が戦った理由

仮面ライダー鎧武』に登場するアーマードライダー達は、みんな違った目的・理想・願いを持っており、それが彼らを戦いへと駆り立てる。

そして光実の願いは2つ。「チームの日常を守ること」と「舞に振り向いてもらうこと」。みんなを守りたい紘太、弱者を踏み躙る社会を壊したい戒斗と比べると、かなり自分本位な願いだ。そしてチームの外にいる人々のことは一切考えていない。光実は自分が大切だと思うもの以外への関心が薄く、「守りたい人だけ守れればいい」「価値のある人間だけが残ればいい」という考えを持っていた。そこが彼の子どもらしい視野の狭さであり、ヒーローたる紘汰との大きな違いである。

 

・とにかくチームが大好き

光実がチーム鎧武にこだわるのは、チームが彼にとって心から安心して過ごせる場所だからだ。光実は常に「呉島家の優等生」を求められていた。兄・貴虎からはユグドラシルで自分の右腕として働く将来を望まれ、そのために無駄なものは全て切り捨てるようにと教育を受けた。学校でも家でも、抑圧されながら生きていたのだ。そんな光実にとって、本当の自分に戻れる場所であるチーム鎧武は何よりも大切な宝物だったのだろう。だからチームを守る紘太に憧れ、自分もチームの役に立てるようになりたいと願い、戦極ドライバーに手を伸ばした。

しかし、物語中盤、チームを取り巻く環境は大きく変わっていく。謂れのない罪で糾弾されてインベスゲームが廃止されたり、抗争が終わったことで他チームとの交流が増えたり。最終的にはオーバーロードによる世界滅亡の危機までやってきてしまう。正直もう幸せな日常を送れるような状況ではない。それでも光実は諦めることができなかった。

チームが大切で、チームで過ごす時間が大好きだったからこそ、光実は「幸せな日常を確実に守れる状況を作りたい」と願った。たとえ、どんな手を使ってでも。

 

・隠し事と裏切り

チームの日常を守るために光実が選んだ手段は「隠蔽」。「真実を隠すことで人々の心の安寧を守る。戦うのは力を持つ自分達だけでいい。」というのが光実の考え方だった。この主張は「真実を明かしてみんなで協力すべきだ」という紘汰の意見と真っ向から対立しており、2人の間の溝を深める原因にもなった。

光実はある種正しい。人々が心の安寧を失えば、争いが生まれ、社会は崩壊する。事実、物語終盤で世界が危機に陥った際、人々は混乱し、街からは人が消えた。そして外部から紘汰たちを支援してくれる者はほとんどいなかった。なんなら臭い物に蓋をするかのようにミサイルが打ち込まれた。「みんなで協力」は絵空事だったのだ。

そして情報を与えないことは、チームを維持する上でも適切な行動だと思う。知らない方が幸せなことは確かに存在するし、知ってしまったことで失われる笑顔や壊れる関係性もあるだろう。チームメンバーだけを守ることは、「みんな」を守ることより簡単だ。そして情報を知る者が少ないほど成功率は上がる。光実はチーム鎧武の「不変」を願い、そのために情報を統制した。全ては変わらない日常と大切な人たちの笑顔のため。しかし、チームメンバー達は光実に守られるほどやわではなかった。

光実はチームを守りたいと思っていたが、チームは守られることを望んでいなかった。紘太の希望を信じて進もうとするチームメンバー達は、紘太と同じく「光実の思い通りには動かない人達」だったのだ。光実は健気で一生懸命だった。それでも物事は思い通りに進まない。変わり続ける環境の中で「不変」を貫くのはもはや不可能だった。そして、追い詰められた光実は本来の目的を見失っていった。

 

光実の隠し事と裏切り行為の数は極Escalationし、事態を悪化させた。貴虎や湊耀子のように、途中で方向転換できていれば…とつい思ってしまう。それでも光実は嘘をつくことを止められなかった。その理由は「仲間に嫌われたくない」という子どもじみたものだった。

光実はたくさん嘘をつき、紘汰や舞の邪魔をした。自分が守りたいもののために最善だと思える方法をとってきたつもりだったのだろう。しかし、みんなはそれを望んでおらず、彼を待っていたのは舞からのビンタだった。この時、光実は心の奥底で自分の間違いに気付いただろう。考え自体が間違っていた訳ではない。やり方が良くなかったのだ。それでも、もう戻れない。本当のことを話したら、自分の嘘もバレる。みんなから嫌われる。チーム鎧武の中に自分の居場所がなくなってしまう。だから嘘を貫き通すしかない。

利己的で子どもっぽい考え。とてもヒーローとは呼べない。それでも私は光実のこういうところが好きだ。間違えるのも、間違いを認められないのも、間違ったまま進むしかないのも、人間らしくて子どもらしくて愛おしい。ヒーローの紘汰やカリスマの戒斗だけでは足りない。どこまでも人間らしい光実がいるからこそ『仮面ライダー鎧武』は名作なのだ。

 

・「ヒーロー」との対立

今のままではチームの「日常」を守れないと悟った光実。彼はその原因が紘汰にあると結論づけた。

光実「希望っていうのはタチの悪い病気だ。それも人に伝染する。紘汰さん、あなたはね、そうやって病原菌を撒き散らしてるんですよ。」

ここまでの暴言として出力されたのは、光実が追い詰められていたからだと思うが、発言の内容自体はきっと彼がずっと思っていたことだ。

葛葉紘汰はどこまでも真っ直ぐで眩しい太陽のような男だ。光実もかつてはその光に憧れ、導かれた少年だった。しかし、その太陽は自分の光で焼かれる者がいることに気付かない。そして、自分の考えや発言がとてつもなく大きな影響力を持っていることも自覚していないのだ。

光実にとっての紘汰は憧れのヒーローであると共に、自分の劣等感を煽る存在でもあった。そして彼が大きな影響力を持つことも知っていた。チームのみんなや舞はもちろん、敵対勢力にいた貴虎までも紘汰の理想に付き従っていく。その上、紘汰が思い描く理想は光実にとって甘くて浅慮な絵空事だった。そんなものにチームのみんなや兄を奪われてはたまったものではない。そう考えるのも理解できない話ではない。

 

そして、光実にはもう1つ譲れないものがあった。舞の視線である。光実にとって、紘汰は舞の視線を独り占めにする存在でもあった。その上、紘太と舞はチーム内で「お似合いのカップル」扱いをされている。「舞さんが振り向いてくれるならどんなことだってやる」光実にとってはかなり面白くない状況だ。物語の序盤からあった嫉妬心はどんどん大きくなっていき、舞からのビンタによってついに弾けた。

紘汰の光に焼き尽くされてボロボロになった。紘汰のせいで舞に構ってもらえない。紘汰は舞に「希望」を見せて、無茶な戦いに巻き込もうとしている。「理由」を手に入れた光実は、ヒーローを討つことを決めたのである。

 

・光実がたどり着いた結末

光実は人を利用し続けてきた。相手の思惑を読み、情報を管理し、権力をちらつかせ、自分の思うように動かそうとしてきた。そして思い通りにならない邪魔者は切り捨てた。そうするうち、彼は様々なものを失った。居場所だったはずのチームは居心地の悪い場所になり、憧れだったヒーローは倒すべき敵になり、たった1人の兄さえもその手で討ってしまった。そんな光実に残ったのは、舞への執着心だけだった。

光実にとって、舞は最後の砦だった。自分が戦ったことの意味を証明してくれる存在だった。何も得られず、何も救えず、1人でがんじがらめになった子ども。オーバーロードと組んで、人類を裏切った子ども。もう後戻りできないと悟ってしまった。実際のところ、舞と紘太は光実を諦めてはいなかった。2人ともそのことを伝えてくれていた。それでも光実は止まれない。「唯一、価値のある人間」である舞だけでも救うことができたら、どうしようもない自分にも存在価値があったと思える。そんな心理が働いていたのかもしれない。

そして追い詰められた光実はよりによって戦極凌馬に頼り、人間としての舞の命が失われる原因を作ってしまった。平常時なら凌馬の根拠のない言葉なんて信じなかっただろう。人間は極限まで追い詰められると視野と判断能力がクソ雑魚になるということがよく分かる。

 

そうして結局全てを失ってしまった光実。大切なものを全て彼自身の手で壊してしまった。

光実は自分を曝け出す勇気がなかったから嘘をついた。嘘をついたことで誰にも頼れなくなり、頼れる人間がいなかったから暴走した。辛いことを受け入れて進もうとする人々の中で、ただ1人進むことを拒んだ。だから何も守れず、何も成し遂げられなかった。

空回る光実の姿は痛々しかった。それでも彼がチームと舞を大切に思っていたことは事実で、それらを守るために必死になったことも事実だ。それが全く報われないのは流石に後味が悪い。どうにかしてほしい。そんな身勝手な想いに『仮面ライダー鎧武』は答えてくれた。

 

【光実が与えられた物語の中での役目】

光実に与えられた役目がある。それは挫折と成長である。 

正直、物語の最序盤から嫌な予感はしていた。悪い大人に利用されるとしたら光実だろうと。その予想は的中した。そして、それこそが『仮面ライダー鎧武』における光実の役目でもあったのだ。

凌馬「貴虎に教わらなかったのか?何故悪い子に育っちゃいけないか、その理由を。嘘つき、卑怯者…そういう悪い子どもこそ、本当に悪い大人の格好の餌食になるからさ!」

あまりにも分かりやすいテーマの名言化。さすがプロフェッサーと呼ばれた男。現実社会においても非行少年・少女は反社会的な組織に利用されたり、犯罪に巻き込まれたりしやすい。それは視聴者の子ども達にとっても他人事ではない。光実は子どもたちの反面教師として作られたキャラクターなのだ。

光実は人を利用しているつもりだったが、実際は利用された側面の方が大きかった。それでも彼が犯した罪や、裏切りによって生まれたわだかまりは消えない。戒斗は自分の理想のために命を燃やし、紘汰と舞は人類を救うために地球を去った。危機は去り、人々には「日常」が戻ってきた。そして全てを失った光実は、たった1人で放り出されてしまった。

 

しかし、世界が救われても、光実の物語は終わらなかった。彼にはまだ役目があったのだ。そのために、ある男がピックアップ召喚された。

SSR呉島貴虎。光実との直接対決に敗れて海の藻屑になったはずの男がなんと生きていたのだ。貴虎は光実の最も重い罪「兄殺し」を担う存在。彼の生存は光実の新たな光となった。貴虎が光実の闇を祓う一方、成長のきっかけをくれた者もいた。片岡愛之助である。

呉島兄弟対決の直後、急に捩じ込まれたサッカー映画。そこに登場するめっちゃ強い敵こと片岡愛之助が沢芽市に攻め込んできたのだ。この時、地球に紘汰はおらず、戦極ドライバーとゲネシスドライバーもほとんど残っていなかった。貴虎からドライバーを借りた城乃内が必死で食らいつくもラブりんには敵わず、戦況は絶望的だった。そこで立ち上がったのが光実である。一度は人類を裏切った光実が、今度こそ人類のために「変身」したのだ。

紘汰「変身だよ!貴虎、今の自分が許せないなら新しい自分に変わればいい。」

紘汰が呉島兄弟に贈った台詞で『仮面ライダー鎧武』のテーマ。光実の「変身」はこの台詞を体現している。何も救えなかった自分が許せないなら、新しい自分に変わって今度こそ人類を救えばいい。あれだけやらかした光実だって変身できたんだから、視聴者のみんなもきっと変われる。光実の成長は作品のテーマを強化する上で必要不可欠なものだったのだ。

そして、光実にはまだやり残したことがあった。一方的な暴言と暴力で傷つけてしまったヒーロー・紘汰との和解である。紘汰が地球を去った以上、こちらは流石に不可能かと思えたが…。

youtu.be

ウルトラマン葛葉紘汰の爆誕である。なんと地球のピンチを聞きつけ、遥か宇宙の彼方から飛んできちゃったのだ。「君が望むなら、それは強く応えてくれるのだ」とは言うが、いくらなんでも面倒見が良すぎる。脳内の米津玄師と作中の湘南乃風が大盛り上がりを見せる中、紘汰と光実の共闘が繰り広げられた。

物語序盤は当たり前のようにあった2人の共闘が「奇跡」になってしまった。世界の危機が去ったとしても、あの頃の日常は戻ってこない。神様になってしまった紘汰はもう変身ポーズを決めない。光実が引き止めても、地球に残ってはくれない。それでも、紘汰と光実はずっと友達だし、光実にとっての紘汰はヒーローなのだ。紘汰から武器を借りて戦い、仲間の元へと帰っていった光実。まさかここまで後味の良い終わり方になるとは思わなかった。

 

仮面ライダー鎧武』は道を踏み外した者を見捨てない。悩んで、迷って、大切な人を傷つけて、たくさん後悔した光実だからこそ守れるものがある。そんなふうに感じさせてくれる物語だった。子どもたちの反面教師であると共に、彼らの未来のifでもあった光実。そんな彼をヒーローに「変身」させてくれたこの作品が大好きだ。

 

【光実と他のキャラクターの関係性について】

・光実と紘汰

ヒーローに憧れる子どもと子どもに救われたヒーロー。愛に飢えた弟とジェネリック兄さん。光実が紘汰の光に焼き尽くされた話は散々したので、ここからはプラスの部分だけを話していきたい。

光実は紘汰に憧れてヒーローを目指し、紘汰はそんな光実に勇気づけられて立ち上がることができた。光実は紘汰の光に焼かれて苦しんだし、紘汰も光実にたくさん傷つけられた。それでも、2人が「変身」できたのはお互いの存在があったからこそだ。

中盤以降の光実は、紘汰の楽観的思想と影響力の強さに危機感を覚え排除しようとした。しかしそんな光実自身も紘汰からの影響を受けやすい子どもだったのだ。

「すみません紘汰さん。やっぱり僕は、何もやり遂げることができませんでした」

「そんなことねえよミッチ。お前、すげえ頑張ったじゃねえか」

本編の最終回、片岡愛之助に負けそうになった光実に紘汰が贈った言葉。紘汰は凌馬に嘲笑われた光実の「一生懸命」を肯定した。人類のために変身し、戦った光実を認めてくれた。ヒーローからの一言は光実にとって大きな救いとなっただろう。光実は再び立ち上がり、紘汰と共に戦うことができた。

 

そして光実にとっての紘汰はジェネリック兄さんでもあった。紘汰と貴虎はどこか似ている。紘汰を兄のように慕うことで、実の兄との不和から目を背けていたのかもしれない。「ミッチは賢いな」と褒めてくれる紘汰は、光実の自己肯定感の向上にも一役買っていたはずだ。紘汰と光実の疑似兄弟関係は2人が対立した後も消えることはなかった。

羽が舞い散る中での抱擁と赦し。いくらなんでも宗教画がすぎる。紘汰は光実の苦しみに寄り添い、光実が自分で物事を決められないほど追い詰められていると気づいた。最後まで光実を諦めず、彼の命を吸う危険なロックシードを壊した。

「バカだなミッチ。これから先、どれだけ長く歩くか分かってんのか?それに比べりゃ大したことねえって。」

何も伝えられず海に沈んでしまった貴虎。彼の代わりに紘汰が伝えてくれた言葉があまりにも優しくて、涙で琵琶湖ができてしまった。「ミッチは賢いな」から「バカだなミッチ」になったのがあまりにもエモい。

「実の兄のやり残したことを引き継ぐジャネリック兄さん概念」で散々殴っておきながら、結局実の兄は生きていた。正直少し拍子抜けしたが、貴虎が生きて帰れたのも紘汰が精神世界で説得してくれたおかげである。紘汰は呉島兄弟をつなぐ架け橋となったのだった。共闘の末にラブりんを倒した後、紘汰は「貴虎と仲良くな」と言葉を残した。姉が唯一の家族だった紘汰からの「たった1人の兄弟を大切にしろ」というメッセージ、あまりにも重い。

 

・光実と貴虎

押し付ける兄と伝えようとしなかった弟。

武将っぽい名前、武力を用いた兄弟の直接対決、抑圧された弟、乗り越える対象として描かれる兄…この2人、やたら中世の武士色が強い。作風が完全に『鎌倉殿の十三人』だった。

呉島兄弟は初期から断絶フラグの匂わせがすごかった。貴虎は光実の意志を聞かずに意見を押し付けていたし、光実は自分の意志を伝えることを放棄していた。

光実「みんな未来が不安なんだよ。誰かの言いなりになってただ流されてるだけで、どんな大人になれるのかも想像つかない。だから今一番楽しいと思えることをして、本当に大事なものがなんなのか探してる。…そんなふうに僕には見えるけど。」

貴虎「お前は未来に不安などない。呉島家の一員として、なすべきことの意味と価値をきちんとわきまえている。そうだな、光実。それがあのお前とクズどもとの違いだ。忘れるな。あんな連中とは住む世界が違うのだと。」

イカロックシード窃盗事件後の兄弟の会話。光実は明確なサインを出しつつも、言葉の真意を伝えることができない。貴虎は光実の言葉に含められた意味を汲み取らず、自分の価値観を押し付ける。この時のユグドラシルはビートライダーズをベルト開発のための実験台として使い、インベス関連事件の犯人としての汚名を着せようとしていた。だから貴虎は弟をそこから遠ざけようとしたのだろう。理想を説くのは期待しているから。心配だから自分の手元に置いておきたいという気持ちもあったのかもしれない。要するに、この兄は弟のことが大切なのだ。しかし、何も知らない思春期の少年が一方的な兄心を適切に受け取れるかどうかはまた別の話である。 

貴虎は「弟を想う兄」だが、「弟にとって良い兄」というわけではない。一方的に押し付けるだけの未来予想図と「無駄なものは切り捨てろ」という教えは、光実の心の豊かさと余裕を奪った。貴虎は自分の間違いを認め、柔軟に考え方を変えられる大人でもある。光実が意思表示をすればきっと理解してくれただろう。しかし、親代わりでもあった10歳上の兄に異を唱えるのは、光実にとってあまりにもハードルが高い。その上、貴虎は声と口調に説得力がありすぎる。あの声で何か言われたら「それが正しいんだ」と思い込んでしまいそうな魔力だ。だから光実は兄の言葉を否定できず、抑圧されたまま流されてしまったのかもしれない。 

 

兄弟の関係は拗れに拗れ、やがて引き返せないところまで到達した。光実が貴虎を見殺しにしたあの時から、兄弟対決の運命は決まっていたのかもしれない。

光実「僕はユグドラシルのプロジェクトアークを引き継いでいるようなものだよ。ただし今度は人類の半分が救われる。…褒めてくれたって良いくらいじゃないか。」

貴虎「そうか、それが俺から学んだ結論か。お前は俺の影、俺の犯してきた過ちの全てだ」

光実「僕が兄さんの影だって言うなら、僕はあんたを消すことでしか本物になれないじゃないか。」

貴虎「そうだな。だからこそお前はここで終わる。」

本当にひどい。バッドコミュニケーションすぎてB'zもドン引きする。光実は兄を否定しながらも、兄からの愛を求めていた。認められたかったし、褒められたかった。だから「チームと舞を守る手段」としてプロジェクトアークを選んだのかもしれない。そこに追い討ちをかけるかのような「お前は俺の影だ」発言。弟を止めるための手段として「終わらせる」ことを選ぶのが、光実を諦めなかった紘汰との対比になっていてあまりにも残酷である。兄に見限られたことを悟った光実はもう止まらなかった。一方、貴虎は最後の最後で兄心を捨てることができなかった。

光実にとどめを刺さなかったという意味では紘汰と同じだが、結局この時の貴虎は何も伝えられなかった。とどめを指す直前、光実の求めていたものを悟った貴虎。倒れた場所が地面なら、海に沈まなければ、何かを伝えられたのかもしれない。しかしそれは叶わず、戦闘前の貴虎の言葉は呪いとして光実の中に刻まれた。

そして光実は、兄殺しの罪と貴虎の幻覚に苦しめられることになった。 

貴虎の幻覚は辛辣だった。光実の言動と思考と存在を否定する言葉を並び連ねた。光実にとっての兄はそういう存在だったのかと悲しくなる一方、光実が良心を捨てられず自分の選んだ道に後悔していることも伝わってきた。光実は誰かに責められたかったのだろうか。自分を否定する言葉に抗っていなければ、罪悪感に押しつぶされて壊れてしまうと思ったのかもしれない。舞を救うという最後の目的を果たすまで、光実は壊れるわけにはいかなかった。貴虎の幻覚は光実の罪悪感の化身であり、光実の心を守るための存在だった。しかし、光実が全てを失ったことで、幻覚の言葉は大きく変化した。

貴虎「お前は遠ざかったのではない。ずっと同じ場所にしがみつこうとして、立ち止まっていただけだ。そんなお前を置き去りにして、みんな先へと進んでいった。それぞれの運命に立ち向かう道を選んでな。」

光実「そうやってあんたは、いつまで僕を嘲笑ってれば気が済むんだ」

貴虎「お前こそ、いつまで私の影に縋り付くつもりだ。何も成し遂げられなかった屈辱。だが、そんな痛みは取るに足らない。世界の命運を背負う羽目になった者たちよりも、お前はどれだけ恵まれていることか。」「お前は何者にもなれなかった。その意味を、もう一度よく考えてみろ」

幻覚は光実の罪悪感の化身。つまり彼の潜在意識でもある。光実は分かっていたのだ。自分が立ち止まっていたこと。紘汰や舞はもっと苦しんでいること。自分が今でも兄を求め、兄に縋り付くしかない子どもであること。兄を求めて泣く光実の姿は、幼い子どものようで、この子にはまだ兄が必要なのだと悟った。それなのにもう貴虎はいない。光実が自分の手で葬ってしまったからだ。あまりにも残酷な結末…と思っていたのだが…。

海に沈んでたところを助けられるなんてあまりにも運が良い。決め台詞を「私は不死身の貴虎だ!!!!」に変更してほしい。

紘汰から「変身だよ」の金言を賜った貴虎は見事生き返り、ぎこちないながらも光実との関係を修復しようと動き始めた。確かに貴虎のバッドコミュニケーションっぷりは稲葉浩志も匙を投げるレベルだったが、仕方のない部分もあった。彼もまだ若く、多忙である。仕事に手一杯で、自分の面倒しか見ていられないような状態だったのだ。だからこそ、自分の理想を説き、背中を見せることしかできなかったのだろう。私も社会人だから貴虎の気持ちはめちゃくちゃ分かる。なんなら弟と話すだけ偉いと思う。しかし貴虎は弟を追い詰めてしまったことを反省し、「変身」しようとしたのだ。死にかけて学んだことは今後に活かしていけばいい。貴虎は「大人も失敗をすること」「大人も成長できること」を体現したキャラクターであり、大人の視聴者に勇気を与えてくれる存在になったのだ。

 

・光実とカイト

対比が多かった2人。現状維持の光実と現状破壊の戒斗はとにかく相性が悪い。戒斗が光実を「敵」認定するシーンや、人間としての舞の死を知るシーンでは、2人の違いが特に如実に表れている。しかし、戒斗はただ光実を否定するだけの男ではない。

戒斗は弱さを嫌い強さを求めて突き進む男だが、「弱者を踏み躙る社会を許さない」という信念もある。オーバーロードや凌馬に利用されて、全てを失った光実を見て何か思うところがあったのだろう。例え相容れない相手でも理不尽に踏み躙られた者は見過ごせない。そんな戒斗の甘さが垣間見える名場面だ。あんなもの見せられたら、成長して本当のヒーローになった光実の姿を戒斗にも見せたかったと思ってしまう。もう叶わないのに。つらい。

 

・光実と舞

光実の舞に対する感情は変化していった。

最初はただ振り向いてほしいと思っていた。そして、その笑顔を守りたいとも願った。光実は舞のことを想いながら変身していたのだ。

そして物語終盤、紘汰と対立し、自分の思い通りにならない鎧武メンバーを切り捨てたことで、光実の舞への執着心は強くなった。この頃の光実は「舞だけが価値のある人間であり、舞だけがいれば良い」と考えていた。この感情は追い詰められたからこそ生まれたものだ。平和な日常が保たれていれば、チームの中に居場所があれば、ここまでの感情は育たなかったのではないかと思われる。

さらに、紘汰との直接対決の前後でまたも心境に変化が生まれた。舞は何も得られなかった光実にとっての最後の光だ。舞だけでも守ることができれば、兄の影だと言われた自分にも生きる意味があると思える。振り向いてくれなくても、二度と会えなくなったとしても、舞のために命を燃やしたい。もはや信仰の域に達している。光実の中での舞は「好きな人」から「自分を救ってくれる女神様」のような存在に変わっていった。舞が神に近い存在である「始まりの女」になったことを思うと、なんとも皮肉な展開である。

 

少し話は逸れるが、「始まりの女」である舞は戒斗や紘汰にとっても運命の女であった。

戒斗にとっての舞は自分と似た痛みを持ち、互いの強さを認め合う者。クソデカ感情は順調に育ち、最終的には「舞を手に入れるためだけに世界を滅ぼしてもいい」などというセリフまで飛び出した。

戒斗「舞、お前が欲しい。黄金の果実を俺に渡せ」

舞「私と果実、本当に欲しいのはどっち?」

戒斗「選ばないし、区別もしない。俺は果実を掴んだ最強の男として、お前を手に入れる」

これは精神世界での2人の会話なのだが、いくらなんでも少女漫画指数が高すぎる。腐った社会を壊したいという理想のために強さを求め続けた戒斗。理想を叶えるための手段である黄金の果実と区別できないくらい、戒斗の中で舞の存在は大きくなっていたのだ。果実も好きな人も両方欲しいだなんてとんでもなく強欲で自分勝手で魔王的で最高だ。もし私が舞だったら、このロマンティック展開に乗っかって世界を滅ぼしていた。理性を保った舞があまりにも偉い。

一方、紘汰にとっての舞は、同じ希望を見つめ、互いに励まし合って共に戦う戦友であった。舞は無茶な戦いを続ける紘汰をずっと心配していた。何も知らずに仲間を殺してしまった紘汰を抱きしめ、苦しみを分かち合った。紘汰が人間をやめようとした際は最後まで引き留めようとした。そして紘汰は世界の命運を背負って押しつぶされそうになった舞に「一緒に戦おう」と声をかけた。圧巻の主ヒロである。

三者三様の関係性はどれも尊い。それでも、舞が選んだのは紘汰の見せた希望だった。みんなを救いたかった紘汰と誰にも傷ついて欲しくなかった舞は似た者同士だ。2人はいなくなってしまった戒斗の想いも背負って、より良い未来のために進んでいった。故郷である地球を光実達の手に託して。

 

ここまで約15000字を使って、呉島光実と『仮面ライダー鎧武』の話をしてきた。ちょっとした卒論みたいな長さだが、語りたいことはまだたくさんある。紘汰と戒斗のデュエットがやばすぎる話、戒斗がモテすぎている話、紘汰と姉の話、貴虎と凌馬のクソでか関係性の話、突然ぶち込まれたキカイダーの話…全てを話そうとすると一生かかりそうなので、ここで一度筆をおくことにする。最後に『仮面ライダー鎧武』を観せるために私を囲んだオタクたちに最大級の感謝を伝えたい。本当にありがとうございました。正直、最初はちょっと怖かったけど。